公益財団法人下中記念財団
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沿革

公益財団法人 下中記念財団の歩み
1961年
11月、下中記念財団設立発起人会が開催され、財団設立および寄付行為、役員選任等について、討議の上決定を見る。
事務所を東京都千代田区西神田2-1弘道会ビルに設置。
1962年
1月、荒木万寿夫文部大臣宛、財団法人下中記念財団設立許可申請書が提出され、昭和37年6月19日許可された。
8月、第1回審査委員会を開き、昭和37年度下中科学研究助成金申請規定案を作成。審査委員長は茅誠司氏。氏は亡くなる年(1988)まで審査委員長として貢献。
10月、下中科学研究助成金申請応募規定を公表。初年度は、中学校教師だけを対象として、助成金は1件5万円を50名に与えることとした。(募集は以後毎年初夏に公表されるようになった。)12月、助成金公募を締め切る。第1回目の応募者数は242名。
(以後、毎年助成金応募の締切は12月10日とされている。)
1963年
1月30日、助成金取得者50名を決定。(以後、助成金額、件数に変化はあるが、審査会は毎年同じ頃に開催されている。)
2月21日、下中科学研究助成金第1回審査発表会開催。
(審査発表会は第2回まで開かれ、第3回以後は書面にて助成金取得者に直接通知、また、審査結果を全国・地方新聞等に通知し、周知を依頼している。)
5月、下中科学研究助成金審査委員会において、第2回助成金対象を小学校、高等学校にも広げ、僻地教育、特殊教育の分野での困難な状況の中で研究と教育に活躍しておられる先生方の申請を一層重点的に取り上げることが決定された。
*第2回下中科学研究助成金応募者数256名。
1964年
*第3回下中科学研究助成金応募者数210名。
1965年
*第4回下中科学研究助成金応募者数257名。
1966年
初代理事長赤井米吉氏の辞任に伴い、下中邦彦氏が新理事長に就任。
*第5回下中科学研究助成金応募者数320名。
1967年
下中科学研究助成金審査委員会において、規定に「本年度より新たに沖縄を対象地区に含める」の一項を追加することが決定された。
*第6回下中科学研究助成金応募者数212名。
1968年
*第7回下中科学研究助成金応募者数249名。
1969年
*第8回下中科学研究助成金応募者数204名。
1970年
西ドイツ国立科学映画研究所(IWF)所長G.ウォルフ氏と下中記念財団下中邦彦理事長との間に日本における同所所蔵フィルムのコンプリート・アーカイブズ設立に関する覚え書きが交換された。下中記念財団の中にEC日本アーカイブズ(ECJA)を設立すること、財団役員の科学者によるEC委員会(委員長朝永振一郎博士)を組織すること、アーカイブズ所長に岡田桑三氏が就任することなど決定。
*第9回下中科学研究助成金応募者数144名。
1971年
1月、昭和45年度役員会においてエンサイクロペディア・シネマトグラフィカ(略称EC)を新事業として導入される件が検討され可決された。
*第10回下中科学研究助成金応募者数161名。
1972年
宮内庁の協力のもと、宮内庁式部職楽部において雅楽フィルム(全6作品)を撮影。学術指導は東京藝術大学楽理科小泉文夫教授。この雅楽フィルムは、初の日本からのECフィルムとして収録が承認された。また、雅楽フィルムのうち『還城楽』は国際科学映画協会(ISFA)マドリッド大会で紹介され、日本紹介映画コンクールで優秀作品賞を受賞した。以後、現在に至るまで雅楽フィルムの頒布が続いている。
*第11回下中科学研究助成金応募者数164名。
1973年
1月、この年より下中科学研究助成金の金額が1件10万円、30件と変更になる。
*第12回下中科学研究助成金応募者数90名。
1974年
下中記念財団理事谷川徹三先生の協力を得て、EC日本アーカイブズが常滑の陶器つくりフィルム(2作品)を製作。EC本部においてECフィルムとして収録されることが承認された。また、英国人医師マンロー博士が1930年代に撮影した『アイヌ熊祭り』、八田三郎教授が撮影した『白老アイヌの生活』、渋沢敬三博士が撮影した昭和初期の民俗学フィルムなどの映像資料の調査を行なう。
*第13回下中科学研究助成金応募者数81名。
1975年
11月、ノーベル賞受賞科学者14名の賛同のもとに、EC発展・強化に関する決議文が執筆され、ゲッティンゲンと東京で同時発表されることとなった。沖縄で開催された海洋博覧会を期に来日されたコンラート・ローレンツ博士(EC創設メンバー、EC国際編集委員)、朝永振一郎博士、下中邦彦理事長、岡田桑三ECJA所長等が出席してEC強化決議文が公開された。これに併せローレンツ博士のECフィルムを使用して講演会が開催された。またEC日本アーカイブズの協力によりローレンツ博士と日高敏隆京大教授(財団評議員)の対談が、NHK教育TVで放送された。
国立民族学博物館、EC民族学フィルムの導入。当財団が仲介することに決定。民博は、入手可能なEC民族学フィルムについては原則的に全作品を購入されることとなり、以降今日まで、ほぼ毎年新作ECフィルムの納入が続いている。
*第14回下中科学研究助成金応募者数91名。
1976年
*第15回下中科学研究助成金応募者数71名。
1977年
5月、技術科学フィルム・インデックスの発行。
*第16回下中科学研究助成金応募者数58名。
1978年
11月、伝統文化財記録保存会との合同プロジェクトとして、沖縄県久高島で『イザイホー』の撮影。併せて『エラブウミヘビの燻製づくり』の記録も行なった。
国立民族学博物館展示部の発注でビデオテークに納める33作品を製作。同年7月以降一般公開。この業務は、同博物館が平成元年に光学式ビデオディスクによるニュー・ビデオテークを導入するまで、ほぼ10年続いた。この間に製作された作品は、全ビデオテーク約750作品中、50作品にのぼる。
放送文化基金の助成を受けて『生きものは動く〜微小管の機能』の製作にかかる。
*第17回下中科学研究助成金応募者数56名。
1979年
2月、この年より下中科学研究助成金額1件15万円に増額される。3月、第17回オーストラリア・ニュージーランド科学振興協会(ANZAAS)国際科学映画エキジビションで、『生きものは動く』がグランプリにあたるオルビット賞を受賞。同作品はまた、国際科学映画協会(ISFA)東京大会で特別名誉賞を受賞。文部省の特別選定作品にもなった。
*第18回下中科学研究助成金応募者数130名。
1980年
生物学および民族学フィルム・インデックス改訂版を出版。EC委員会委員長朝永振一郎氏、逝去。
*第19回下中科学研究助成金応募者数66名。
1981年
7月、EC日本アーカイブズ開設10周年、平凡社月刊誌『アニマ』100号を記念して、国際野生動物映画祭を3日間開催。
ニューヨーク公共図書館主催で開催された国際舞踊映画ビデオフェスティバルに協力し、当アーカイブズ製作の『黒川能』『那智田楽』『イザイホー』のフィルム・ビデオを出品。
9月、平凡社社屋移転に当たり、東京都千代田区三番町5国際航業三番町Kビル4階に事務所を移転する。
*第20回下中科学研究助成金応募者数66名。
1982年
3月、『下中科学研究助成金20周年記念論文集』刊行。
8月、国際科学映画協会(ISFA)イエナ大会に『マボヤの発生生物学』を出品。第19回オルビット賞を受賞した『生きものは動く第2部 原形質流動』と共に名誉賞を受賞。
*第21回下中科学研究助成金応募者数47名。
1983年
9月、EC日本アーカイブズ所長岡田桑三氏、逝去。
*第22回下中科学研究助成金応募者数79名。
1984年
5月、EC日本アーカイブズ所長に岡田一男氏就任。
11月、講演映写会「映像で見る動物行動学 ローレンツとその後継者たち」開催。(於日経ホール)
科学技術映画祭において、EC日本アーカイブズが製作に協力した『マボヤの発生生物学』『スーパーテレビ 北の動物家族第3話 サケ!母なる川での250日』が科学技術映画祭において科学技術庁長官賞を受賞。
*第23回下中科学研究助成金応募者数81名。
1985年
*第24回下中科学研究助成金応募者数94名。
1986年
*第25回下中科学研究助成金応募者数74名。
1987年
財団創立25周年事業として、文部省の全面的な応援を得て、個人9件・団体1件、合計10件に対して顕彰することとし、表彰状並びに副賞(各10万円)を授与し、所属校には記念品として平凡社の『大百科事典』全18巻各1セットを贈呈した。
*第26回下中科学研究助成金応募者数95名。
1988年
茅誠司氏 逝去。
*第27回下中科学研究助成金応募者数95名。
1989年
4月、茅誠司氏の後任として、伏見康治氏に下中科学研究助成金審査委員長を委嘱した。
財団発起人であり創立時より理事を務めて下さった谷川徹三氏、逝去。
*第28回下中科学研究助成金応募者数97名。
1990年
5月、平成元年度役員会において次年度、財団創立30周年を迎えるに当たり、「創立30周年記念事業実行委員会」を設けることとし、委員を委嘱した。
7月、財団事務局、東京都千代田区三番町5から、新宿区市谷田町2丁目38番地へ移転。
12月、下中記念財団創立30周年第2回記念事業実行委員会において、「下中教育映像助成金」の設立が提案された。また、『下中科学研究助成金創立30周年記念論文集』の刊行、記念祝賀会の開催が決定した。
*第29回下中科学研究助成金応募者数90名。
1991年
5月、下中教育映像助成金審査委員を委嘱し、第1回助成金募集の準備を開始。『下中科学研究助成金創立30周年記念論文集』の編集委員を委嘱し、刊行にむけての準備を開始。
*第30回下中科学研究助成金応募者数89名。
1992年
創立30周年を機会に基金を拡充して、科学研究助成金を1件30万円に増額した。また「下中教育映像助成金」を発足させ、4月3日北青山のTEPIAホールで発表会を開催した。第1回は11月末日に締め切り66件の応募があった。
6月、「下中記念財団30周年記念祝賀会」を開催した。また11月には朝日新聞・NHK後援、平凡社協賛のもとに、30周年記念シンポジウム「大きな文化は、小さな文化から何を学べるか?─国際先住民族年に向けて─」を浜離宮朝日ホールにて開催し、300名余の参加者を集めた。講演者はL.カマリング、L.ソン、V.パルフョーノフ、萱野茂、の各氏で、有意義な会議となり、関連番組や新聞報道などにも取り上げられてかなりの好反響が得られた。
そのほか記念論文集やEC映像インデックスの改訂版(3種)などを刊行した。さらに『年報』を翌93年から発行することとし、その準備に入った。
*第31回下中科学研究助成金応募者数75名。
1993年
5月、前年度の役員会で刊行が決定された『下中記念財団年報』が完成。各方面へ寄贈された。財団創立30周年記念事業の一環として行われた書籍寄贈の事業に関して、前年度に引き続き3カ所、約2万冊が寄贈された。
*第32回下中科学研究助成金応募者数100名。
*第2回下中教育映像助成金応募作品33作
1994年
6月、財団事務局、新宿区市谷田町2丁目38番地から、市谷田町2丁目7番地へ移転、10名ほどの映写用スペースも整えられた。シンポジウム「動く映像とミュージアム」を川崎市市民ミュージアムにおいて2日間にわたり開催し、全国の博物館関係者など235名の参加をみる。基調報告、パネルディスカッションなどを通し有意義な話し合いの場となった。
戦後50周年にあわせ『パール博士のことば〜東京裁判後、来日されたときの挿話』刊行。
*第33回下中科学研究助成金応募者数99名。
*第3回下中教育映像助成金応募作品24作
1995年
『パール博士のことば〜東京裁判後、来日されたときの挿話』の反響は高く、7月にはパール博士の遺族プロサント・クマール・パール氏来日にあわせパール下中記念館にて歓迎会を開催。
*第34回下中科学研究助成金応募者数103名。
*第4回下中教育映像助成金応募作品30作
1996年
新規事業計画として映像作品『雅楽シリーズ』が役員会で承認される。
*第35回下中科学研究助成金応募者数104名。
*第5回下中教育映像助成金応募作品26作
1997年
1月、昨年度、新規事業として承認を受けた映像作品『雅楽シリーズ』について、宮内庁より正式許可がおり、宮内庁式部職楽部の全面的な協力を得ることとなる。
3月、映像作品『雅楽シリーズ』第1回目の撮影を行い『東遊』『久米舞』の2演目を収録。続く10月、第2回目の撮影では『越殿楽』『抜頭』等を収録する。シリーズ監修は東京藝術大学柘植元一教授、テキスト執筆は新進雅楽研究家遠藤徹氏に依頼。
*第36回下中科学研究助成金応募者数110名。
*第6回下中教育映像助成金応募作品25作
1998年
映像作品『雅楽シリーズ』の撮影が引き続き行われる。
*第37回下中科学研究助成金応募者数110名。
*第7回下中教育映像助成金応募作品20作
1999年
3月、映像作品『雅楽シリーズ』第1期全6巻が完成し販売が開始される。収録演目は『東遊』『久米舞』『越殿楽』『延喜楽』『抜頭』の5演目に資料編として雅楽器と雅楽譜の映像解説。
*第38回下中科学研究助成金応募者数86名。
*第8回下中教育映像助成金応募作品16作
2000年
引き続き映像作品『雅楽シリーズ』第2期の製作を行い、6月に完成、販売を開始。収録演目は『太平楽』『催馬楽』『朗詠』の3演目に資料編の映像解説。併せて英語版も製作する。
下中記念科学助成金審査委員長 伏見 康治氏辞任。後任に近藤次郎氏に委嘱。
*第39回下中科学研究助成金応募者数80名。
*第9回下中教育映像助成金応募作品4作
2001年
7月、外務省アジア大洋州局南西アジア課の外務事務官・進藤康治氏がパール下中記念館に来館。日印友好50周年記念を機にパール氏の人と形を広く知らしめたい、と協力の依頼を受ける。
*第40回下中科学研究助成金応募者数83名。
*第10回下中教育映像助成金応募作品30作
2002年
平成13年度助成金を取得した作品『深海3572mに生きる〜室戸沖南海トラフ4年間の記録』が、第43回科学技術映像祭で内閣総理大臣賞を受賞した。
下中教育映像助成金、中止を決定。
6月6日理事長下中邦彦氏逝去。下中直也氏が理事長就任。
6月10日財団創立40周年記念祝賀会開催。
下中科学研究助成金審査委員長の近藤次郎氏が文化勲章受章
*第41回下中科学研究助成金応募者数103名
2003年
日本ビクター鰍ゥら古典芸能・民族音楽等に関する映像12タイトルの無償譲渡を受け、ECフィルムに加え、貸出・利用に供する。
*第42回下中科学研究助成金応募者数112名
2004年
「雅楽」のDVD版の受注に対応。
過去の下中科学研究助成金取得者から5件の研究成果報告があった。
*第43回下中科学研究助成金応募者数105名
2005年
*第44回下中科学研究助成金応募者数132名
2006年
*第45回下中科学研究助成金応募者数122名
2007年
*第46回下中科学研究助成金応募者数95名
11月「雅楽」<DVD−RX版>製作・販売開始
2008年
5月、元理事・下中科学研究助成金審査委員会委員長伏見康治氏逝去
*第47回下中科学研究助成金応募者数127名
2009年
*第48回下中科学研究助成金応募者数107名
2010年
6月、下中科学研究助成金審査委員長・近藤次郎氏辞任。後任に金子明石氏に委嘱。
*第49回下中科学研究助成金応募者数121名
2011年
11月10〜12日、財団創立50周年記念事業の一環として、下中弥三郎生誕の地・兵庫県篠山市に於いて世界平和アピール七人委員及び篠山市と共催で各種講演会、シンポジウム、パネル・焼き物展示を行った。
*第50回下中科学研究助成金応募者数108名
2012年
内閣府の認定を受け、4月1日、公益財団法人へ移行
*第51回下中科学研究助成金応募者数112名
*百科事典情報基盤形成助成金の応募者は5件。
*表彰事業の応募者は25名
2013年
*第52回下中科学研究助成金応募者数98名
2月27日 創立50周年祝賀会及び表彰事業授賞式開催
3月31日 創立50周年記念表彰事業論文集刊行
2014年
*第53回下中科学研究助成金応募者数81名
2015年
3月 元理事・前下中科学研究助成金審査委員長:近藤次郎氏逝去
*第54回下中科学研究助成金応募者数88名
2016年
*第55回下中科学研究助成金応募者数93名
 *第2回表彰事業実施
 *第1回上野眞資記念「日本を知ろう」事業実施
2017年
3月23日 創立55周年祝賀会及び第2回表彰事業・「日本を知ろう」事業の表彰式開催
     創立55周年記念表彰事業論文集」を刊行
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